安倍昭恵のスマイルトーク

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2009年03月28日(土曜日) 21時21分

[カテゴリー:ミャンマー]

岡崎

岩城良生さんと会場入り口で

岩城良生さんと会場入り口で

ミャンマーの子ども達の格好をした日本の子ども達

ミャンマーの子ども達の格好をした日本の子ども達

第2部のコンサート

第2部のコンサート

交流会でのキャンドルダンス

交流会でのキャンドルダンス

松井ご夫妻

松井ご夫妻

岡崎に行ってきました。
「愛は国境を越えて アジアの子どもたちに学校を」というイベントに参加するためです。
第1部は『ミャンマーの子ども達に寺子屋を』というタイトルで日本に帰化しているミャンマー人、岩城良生氏と私のトークショー。
第2部は〔Perfum de Paris ~パリの香り~〕と題してのコンサートです。
シャンソン歌手の朝倉まみさん、Unisson(ドミニク・ジャニョン/ジェシー・ルーセル)のおふたり、倉井克幸氏、井上善彬氏(ギター)、フレデリック・ヴィエノ氏(ピアノ)の素敵なステージ。パリの風を感じました・・・。

このイベントの主催、ミャンマーの子どもたちに学校をおくる会の代表、松井幸彦先生。
私と先生との出会いは、主人が総理の時に頂いた1通のお手紙からでした。
松井先生は昭和50年から約2年間ラングーン(現ヤンゴン)日本人学校に勤務。その時、ラングーンのチャンドウ日本人墓地が荒れているので整備してほしいという依頼を受けます。そして先生は調査を進めるうちに日本兵4万~5万体の遺骨が埋葬されているという事実をつきとめるのです。
それからが先生の闘いの日々。
協力者が次々と背を向けていく中、あらゆるところに働きかけ、挙句の果てひとりポンジー(僧侶)になってまで遺骨が日本に戻ることを祈り続けます。
ご努力の甲斐あって、ご遺骨は無事遺族の元に帰ることができました。
私はその話に大変感動し、是非先生にお会いしたいとずっと思っていました。
先生も私からの返事を大事に持っていて下さって、いつか会いたいと思っていらしたとか・・・。
昨年2月に下関で開催した関口照生氏によるミャンマーの写真展とトークショーにお招きしたところ、わざわざ岡崎からお越し頂き意気投合。すっかり親しくなり今回の運びとなりました。
松井先生はご自分の成された偉業を決して多く語ることはありません。
いつもニコニコと謙虚です。
しかしご自宅にはビルマの部屋と呼ばれる書斎がありました。
ビルマを心から愛する先生・・・。
先生との出会いにより、これからのミャンマーのために私も何かしたい・・・と改めて思っているところです。




司会の大島さんと

司会の大島さんと

2次会、秋桜にて

2次会、秋桜にて

まみさんが手話を教えているところ

まみさんが手話を教えているところ

岡崎聾学校にてコンサート終了後 近所の小学校の子ども達も

岡崎聾学校にてコンサート終了後 近所の小学校の子ども達も

次の日は岡崎聾学校にお邪魔しました。
朝倉まみさんのコンサート。
舞台の上でのコンサートの前に、まみさんは子ども達に手話をつけた歌を教えます。
耳の聞こえない子も聞こえる子も、みんなまみさんに夢中。
一生懸命手話を覚えて一緒に歌います。
最初は消極的だった聞こえない子ども達・・・。
段々と打ち解けてまみさんの世界に引き込まれていきます。
まみさんと子ども達の触れ合う姿からは学ぶことがたくさんありました。

岡崎では多くの素敵な出会いがありました。
松井先生ご夫妻はじめお世話になった皆様、本当にありがとうございました。
また伺います。

奥殿陣屋で昼食。満開のミモザをバックに松井夫人と。

奥殿陣屋で昼食。満開のミモザをバックに松井夫人と。

この記事、終わり。

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プロフィール

安倍 昭恵

安倍 昭恵

元総理大臣「安倍晋三」の妻。1987年、職場の上司の紹介で安倍晋太郎元外相(故人)の秘書を務めていた安倍晋三と結婚。

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