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2004年、日本財団のアフリカ視察旅行に特別に自費で参加させて頂きました。それ以来、一緒に行ったメンバーとはたまに集まっています。
勤め先も職業も住む所も年齢もみんなそれぞれですが、毎回アフリカでの思い出話で盛り上がります。今回は南アフリカのワインのお店。せっかくアフリカで出会ったご縁ですから何かアフリカのために今後も協力していかれたら良いですね。
初めて行ったアフリカ・・・南アフリカとマダガスカル。
毎日、病院や学校、孤児院、エイズの施設などを視察して回りました。
貧困生活の中でも子ども達はいきいきと明るく走りまわっています。私のデジカメの画像の中に自分の姿を見つけては大騒ぎ。もしかしたら彼らにとっては初めて見る自分の写真だったのかもしれません。彼らの笑顔を追いながら、幸せと貧困について考えていました・・・。
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神戸でリベリア人の少女、マーサ・ターケットさんに会いました。彼女は内戦を逃れて非難した難民キャンプで、暴行を受け両足脱臼。歩くことができなくなりました。
国境なき医師団として派遣されていた看護師の美木朋子さんとマーサさんは入院先の病院で出会います。リハビリをすれば回復の見込みもあると言われながら、村に帰らなくてはならなくなったマーサさん。村の学校は高いところにあるため、車椅子では通えません。そんなマーサさんを美木さんは日本に連れて帰って治療させることを決意。現在神戸のマンションで二人暮らしをしながら、病院と養護学校に通う日々だそうです。日本語もかなり上達したようで、テレビ番組「花より男子」がお気に入りだったとか。今後はアメリカに行って勉強することになりそうですが、美木さんはマーサさんが将来リベリアのために働くことを期待しているとのこと。美木さんのお話を伺っていると、偶然とは思えないことが重なっていて、ふたりの運命を感じました。私もマーサさんの将来に期待したいと思います。
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2004年10月にマダガスカルでお目にかかったシスター遠藤の訃報が入ったのは、昨年12月。アンチラベの病院へ向かう途中、急性心不全の為63歳で帰天されました。1月末には現地で追悼のごミサがあげられたとのことです。
私がお目にかかった際にはとてもお元気そうだったので突然の訃報にびっくりしました。優しさと、清らかな芯の強さを持ってマダガスカルのために尽くしておられるご様子に心打たれ、もう一度お会いしたいと思っていただけに本当に残念です。
約28年間という長い年月をマダガスカルの人達の為に献身的にお働きになったシスター遠藤。最初の15年は首都アンタナナリブから169キロ南のアンツィラベ市にあるアベマリア産院で、助産婦として多くの赤ちゃんを取り上げその命を救ってこられました。その後お亡くなりになるまでは僻地の診療所におられました。
基本的な設備や医薬品など何もかもが不足している状況の中で想像もつかないようなご苦労もおありだったことと思います。それでもいつも暖かい笑みを湛え人のために最善を尽くしてこられたシスターはマダガスカルの多くの人たちに愛され信頼され感謝され、そして惜しまれて神様のもとに召されたことでしょう。
かつてシスターが働いておられたアベマリア産院では今、シスター牧野というシスターが働いておられます。私たちが訪ねた時は丁度お産の最中だったのですが、しばらくすると元気な赤ちゃんの泣き声が聞こえました。その後私達も分娩室に入れて頂き、喜びに包まれた感動的な瞬間に立ち会うことができました。シスター遠藤の長年のご苦労、ご努力によって築き上げられた信頼が受け継がれ、これからも多くの新しい命がここから誕生していくことと思います。
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