安倍昭恵のスマイルトーク

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2009年04月02日(木曜日) 08時24分

[カテゴリー:主人]

日常

岡崎でお土産に頂いたタマゴ。
EM入りの飼料で育てた元気な若鶏の卵です。
久しぶりにタマゴ賭けご飯。
美味しかったです!
太田商店の太田敏子さん、ありがとうございました。

代々木公園で拾った桜の枝。
萩焼の一輪挿しに差してみました。
家でもお花見・・・。

卵をかき混ぜています

卵をかき混ぜています

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2009年04月01日(水曜日) 07時21分

[カテゴリー:ミャンマー]

ミャンマー国軍記念日

左からコシノジュンコさんのご主人鈴木さん、私、奥田重元さん、コシノジュンコさん、岩城良生さん

左からコシノジュンコさんのご主人鈴木さん、私、奥田重元さん、コシノジュンコさん、岩城良生さん

ミャンマー国軍記念日64年祝賀レセプションに行ってきました。
ミャンマーというと一昨年の暴動で亡くなった日本人ジャーナリスト長井氏のこともあり、あまり良いイメージを持っていない方も多いかもしれません。
しかし私は2006年に初めてミャンマーに行き、温かく純粋な人々に触れてから大好きな国になりました。
ミャンマー大使館で開催された国軍記念日のレセプションにも”ビルキチ”と言われるようなミャンマー大好きな人たち、ミャンマーと縁の深い方たちがたくさん集まっていました。

今年は外務省が推進している「日メコン交流年2009」の年でもあります。
その一環として、デザイナーのコシノジュンコさんは8月22日、23日ヤンゴンのホテルでファッションショーを行うそうです。既にミャンマー人のモデルさんのオーディションをしてきたとか。初めての外国人デザイナーのファッションショー、きっと盛り上がることでしょう。私も是非行きたいと思っています。

いつも美しい白いあご髭を整えられ、矍鑠(かくしゃく)としておられる奥田重元氏は大正12年生まれ。
昭和16年、外務省情報部派遣学生としてタイに渡りタイ語、ビルマ語の習得と政治・経済・地誌の研究調査に当たります。その後、日本で軍事訓練を終えたアウンサン将軍をはじめとした青年志士30名を中核とし急遽編成された、ビルマ独立義勇軍の陸軍大尉を命ぜられました。
「奥田大尉は、兵団主力部隊編成のための兵器弾薬を宰領して、可及的速やかに国境を越えてビルマ領内に進出、ビルマ人壮丁を徴集教育して、戦力を増強しつつ所在の敵を撃破、ラングーンに向けて速やかに前進、日本軍に先んじてこれを占領すべし。」
まだ10代の若き奥田さんにとっては荷の重い大変な命令だったことと思いますが、後に
生還など思いもよらぬ激戦場の生死関頭で、アウンサン将軍はじめビルマの青年志士達との間に育まれた戦友愛、同志愛は兄弟愛にも勝る温かく濃密なものになっておりました。
爾来、私の脳裏からは人為の「国境・国籍」の二文字が消え去りましたが、そのことは今日まで多くの国々に、夫々心の許し合える真の友を得る事ができた私の人生にとって、誠に大きな影響を与えたものと考えております。

と書いておられます。
今もミャンマーの国のために自分の経験を生かしたいと考えておられる奥田さん。
私は是非ともこの稀有な体験を本にして頂きたいと思い、出版社に働きかけてみましたが、なかなか厳しいご時世、滞っています。

ミャンマーに行ったことがない方は是非一度自分の目でどんな国か確かめに行ってみて下さい。きっと好きになると思います・・・。







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2009年03月28日(土曜日) 21時21分

[カテゴリー:ミャンマー]

岡崎

岩城良生さんと会場入り口で

岩城良生さんと会場入り口で

ミャンマーの子ども達の格好をした日本の子ども達

ミャンマーの子ども達の格好をした日本の子ども達

第2部のコンサート

第2部のコンサート

交流会でのキャンドルダンス

交流会でのキャンドルダンス

松井ご夫妻

松井ご夫妻

岡崎に行ってきました。
「愛は国境を越えて アジアの子どもたちに学校を」というイベントに参加するためです。
第1部は『ミャンマーの子ども達に寺子屋を』というタイトルで日本に帰化しているミャンマー人、岩城良生氏と私のトークショー。
第2部は〔Perfum de Paris ~パリの香り~〕と題してのコンサートです。
シャンソン歌手の朝倉まみさん、Unisson(ドミニク・ジャニョン/ジェシー・ルーセル)のおふたり、倉井克幸氏、井上善彬氏(ギター)、フレデリック・ヴィエノ氏(ピアノ)の素敵なステージ。パリの風を感じました・・・。

このイベントの主催、ミャンマーの子どもたちに学校をおくる会の代表、松井幸彦先生。
私と先生との出会いは、主人が総理の時に頂いた1通のお手紙からでした。
松井先生は昭和50年から約2年間ラングーン(現ヤンゴン)日本人学校に勤務。その時、ラングーンのチャンドウ日本人墓地が荒れているので整備してほしいという依頼を受けます。そして先生は調査を進めるうちに日本兵4万~5万体の遺骨が埋葬されているという事実をつきとめるのです。
それからが先生の闘いの日々。
協力者が次々と背を向けていく中、あらゆるところに働きかけ、挙句の果てひとりポンジー(僧侶)になってまで遺骨が日本に戻ることを祈り続けます。
ご努力の甲斐あって、ご遺骨は無事遺族の元に帰ることができました。
私はその話に大変感動し、是非先生にお会いしたいとずっと思っていました。
先生も私からの返事を大事に持っていて下さって、いつか会いたいと思っていらしたとか・・・。
昨年2月に下関で開催した関口照生氏によるミャンマーの写真展とトークショーにお招きしたところ、わざわざ岡崎からお越し頂き意気投合。すっかり親しくなり今回の運びとなりました。
松井先生はご自分の成された偉業を決して多く語ることはありません。
いつもニコニコと謙虚です。
しかしご自宅にはビルマの部屋と呼ばれる書斎がありました。
ビルマを心から愛する先生・・・。
先生との出会いにより、これからのミャンマーのために私も何かしたい・・・と改めて思っているところです。




司会の大島さんと

司会の大島さんと

2次会、秋桜にて

2次会、秋桜にて

まみさんが手話を教えているところ

まみさんが手話を教えているところ

岡崎聾学校にてコンサート終了後 近所の小学校の子ども達も

岡崎聾学校にてコンサート終了後 近所の小学校の子ども達も

次の日は岡崎聾学校にお邪魔しました。
朝倉まみさんのコンサート。
舞台の上でのコンサートの前に、まみさんは子ども達に手話をつけた歌を教えます。
耳の聞こえない子も聞こえる子も、みんなまみさんに夢中。
一生懸命手話を覚えて一緒に歌います。
最初は消極的だった聞こえない子ども達・・・。
段々と打ち解けてまみさんの世界に引き込まれていきます。
まみさんと子ども達の触れ合う姿からは学ぶことがたくさんありました。

岡崎では多くの素敵な出会いがありました。
松井先生ご夫妻はじめお世話になった皆様、本当にありがとうございました。
また伺います。

奥殿陣屋で昼食。満開のミモザをバックに松井夫人と。

奥殿陣屋で昼食。満開のミモザをバックに松井夫人と。

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2009年03月25日(水曜日) 08時12分

[カテゴリー:ラジオ]

マコトーク

下関出身のシンガーソングライター、藤井誠のインターネットラジオ(?)「マコトーク」に出演。
赤坂にあるビルの中のスタジオに行って来ました。
ライブハウスや居酒屋でしか会ったことがない誠と、こんなに昼間からちゃんと話をしたのは初めてかも・・・。
マラソンの話やもろもろ・・・楽しく盛り上がったのでよかったら聞いて下さい。
4月1日にアップされるそうです。 http://www.voiceblog.jp/makotonoradio/

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2009年03月24日(火曜日) 17時14分

[カテゴリー:マラソン]

東京マラソン(2)

実はゴールした瞬間にもっともっと感動すると思っていました。
涙が出るのではないかなあとか・・・。
でも実際はかなりあっさりしたものでした。
ゴールした後は、流れ作業のように靴についている時計チップをはずされ、メダルとタオルそれに水や果物などを受けとって更衣室になっている建物の方に移動していきます。
その間だいぶ雨足が強くなってきて、寒さと疲れで早く進んで~ということしか頭にありませんでした。
感動を味わうどころではありません。
でも写真が送られてきたり、みんなのメールを読んでいるとジワジワと感動が胸に広がるのを感じます。
私は今、46歳。あと2ヶ月ちょっとで47歳になります。
今回マラソンを走って、人生これからだ~という気になりました。

最初はみんな元気いっぱい

最初はみんな元気いっぱい

残り2キロ地点。隣の知ちゃんに比べ、私はちょっとばて気味。

残り2キロ地点。隣の知ちゃんに比べ、私はちょっとばて気味。

終了後の打ち上げ。みんな満足気。

終了後の打ち上げ。みんな満足気。


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プロフィール

安倍 昭恵

安倍 昭恵

元総理大臣「安倍晋三」の妻。1987年、職場の上司の紹介で安倍晋太郎元外相(故人)の秘書を務めていた安倍晋三と結婚。

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