安倍昭恵のスマイルトーク

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2009年11月17日(火曜日) 09時08分

コイさんとベトナム料理

久しぶりにコイさんとの再会。
美味しいベトナム料理のお店があるということで行ってきました。
二子玉川園駅のすぐ近くにあるジャンズ。
ベトナム人夫婦が経営するアットホームな雰囲気のレストランです。
コイさんがベトナム語で注文すると次から次へとお料理が運ばれてきます。
生春巻き、ベトナム風お好み焼き、パパイヤのサラダ・・・。
お腹一杯頂きました。

その後は表参道まで戻ってきて、もう1軒。
コイさんはティラミスを食べていました。
しかしこの赤い革ジャンは目立ちます。
因みにベルトもバッグも赤でした。
メニューも赤で・・・。

土日もなく医師として働いているコイさん(武永賢)の著書
「それでも日本人になった理由」
「日本人が知らない幸福」
読んでみて下さい。



この記事、終わり。

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2009年11月16日(月曜日) 21時53分

[カテゴリー:長州友の会]

長州友の会

会議中の様子

会議中の様子

長州友の会・大忘年会を12月6日18時から青山のアンカフェで開催します。
山口県出身者あるいはご縁のある方で参加希望される方はご連絡下さい。
楽しい企画を考えてま~す!?


この記事、終わり。

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2009年11月15日(日曜日) 09時31分

媒酌人

最近の結婚披露宴は仲人を立てないのが主流。
以前は度々頼まれていた私達も、最近はほとんどお呼びがありません。
今回は、下関の主人の後援者である右近さんのお嬢様が東京で結婚されるということで、久しぶりに媒酌人を務めました。
新婦さち子さんは、この9月まで下関中央病院の看護師さん。
東京出身で東芝PC&ネットワーク社に勤務する新郎、白髪明敏さんとは知人の紹介で出会ったそうです。
東京には住んだことがないのは勿論のこと、来たのも2~3回だったとか。
遠くに嫁ぐ娘の花嫁姿に、お父様は涙をこらえ切れない様子でした。

本当に嬉しそうなかわいらしい花嫁を優しく見つめる新郎は44歳。
友人のスピーチによると「この年になって学生のような恋愛をしている」と話しているそうです。
年齢に関係なく、運命の人に出会った時がその人にとっての適齢期なのでしょう。

末永くお幸せに・・・!!

この記事、終わり。

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2009年11月12日(木曜日) 23時36分

レザミ「愛は国境を越えて」

私が顧問をしているレザミという女性の会で、毎年恒例の「愛は国境を越えて」と題した講演会とコンサートを開催しました。
昨年に引き続き、講師はジャパンハート代表の吉岡秀人先生。
まずは吉岡先生が出演されたテレビ番組「情熱大陸」を短く編集したものを見ます。
ミャンマーでの病院の様子・・・ひどい症状の子どもたち、怒鳴りながら真剣に手術をしている先生・・・生々しく伝わってきて、会場の空気は緊張感に包まれました。
お話は幸せの価値観から。
先生の豊かさの基準は、あるか、ないか、ただそれだけ・・・だそうです。
どんな物であっても、その日食べるものがある、雨風防げる家がある、寒さをしのげる1枚の毛布がある、それだけで吉岡先生は豊かさを感じられると言われます。
そして自分が体が弱かった子どもの時に母親が優しくしてくれた原始体験が、今に繋がっているとのこと。
子どもたちを治療し、その子どもを大切にする親を見て追体験をしていると・・・。
また病気が治って喜んでいる人たちを見て、自分の価値の再認識をしてもいるそうです。
人を喜ばすことができる自分が嬉しい・・・と。
先生の”幸せ”とは決してお金で買えるものではないようです。

海外(現在はミャンマーやカンボジア)に行った医師や看護師はその後、日本国内の僻地や離島に派遣されます。
海外ではともかく、日本に帰ってきても無償で、お給料をもらっている人たちと同じように働くというのは、若い人たちにとっては大変なことなのではないかと私は質問したことがありました。
先生は
「日本でも1ヶ月、1万円で生活できる方法を教えてありますから。」
こともなげに答えておられました。
給料ももらえず、過酷な生活を強いられるにも拘らず、先生の志に魅せられて全国から集まってくる若い医師や看護師。
そんな若い人たちに先生は、やらされるのではなく自分の頭で考え、自分の力でやるように厳しく指導するそうです。
そして人の命と関わっていることの重大さを、容赦なく怒鳴りつけながら体に沁み込ませていきます。

少しの期間であっても、途上国の医療現場に於いて貢献することが日本の医師の間で当たり前になる社会・・・そして日本に帰ってきてその経験が日本の中で還元されるようなシステム・・・吉岡先生が目標としている社会だそうです。

「飛べない鳥たちへ」
「死にゆく子どもを救え」
吉岡先生の2冊の著書を是非読んでみて下さい。

1分1秒も無駄にせず、常に真剣勝負の吉岡先生は本当にすごい!!と改めて思いました。
そして先生についていく多くの若い人たちがいること・・・日本の将来に希望を持てるような気がします。

私も、どんな時でも人の喜びを自分の幸せにできるような人間になりたい・・・。
先生を見ていると自分自身の甘さを反省するばかりです・・・。

後半ははレザミ代表、朝倉まみさんの素敵な歌を楽しみました。
ご出席を頂きました皆様、ありがとうございました。
レザミの皆様お疲れ様でした。

吉岡先生

吉岡先生

レザミ代表の朝倉まみさん

レザミ代表の朝倉まみさん


この記事、終わり。

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2009年11月10日(火曜日) 12時27分

[カテゴリー:マラソン]

下関海響マラソン

11月8日、日曜日に開催された海響マラソンは晴天に恵まれ、市内外から約1万人のランナーが参加して無事終了しました。
私は今回5時間を切ることを目標にしていましたが、残念ながら結果は5時間48分。
6時間の制限時間内ギリギリのゴールでした。
前半20キロ位までは何とか頑張っていたのですが、暑さとアップダウンの激しい過酷なコースのため、途中から何度も何度も足がつり、その度に止まって少しづつストレッチをし、伴走して頂いていた小島先生のマッサージにより回復、また歩き出し、そして痛みがなくなると走り出す・・・という事の繰り返しでした。
途中、気持ちが萎えてもうやめたいと何回も思いました。
それでも沿道から
「昭恵さん頑張って~!!」
と多くの方に声をかけて頂き、何とか完走することができました。
応援して頂いた皆様、本当にありがとうございました。

チームAのメンバーの皆さんもお疲れ様でした。
もう二度と走りたくないと思っている人と、辛かったけどもう一度挑戦したいと思っている人がいると思います。

招待選手の、参議院議員であり弁護士の丸山和也氏は前日のトークショーの中で
「人生は日々挑戦である。その中でたまに少し大きな挑戦をすることによって、メリハリがつく。」
というようなことを言われていました。
私もマラソンを走ってみて、”やればできるんだ”ということを学び、挑戦することが楽しくなりました。
今回完走できなかった人たちにもできればもう一度チャレンジしてもらいたいと思っています。

一人の力では絶対完走できなかった今回の海響マラソン。
開催に当たっての準備をして頂いたスタッフ、ボランティアの皆さん、沿道で応援して頂いた皆さん、チームAのために万全のサポート体制を取って頂いた有吉与志恵先生と小島成久先生。
安倍事務所の皆さん、そしてずっとゴールで待っていてくれた主人にも感謝の気持ちで一杯です。

本当に皆様ありがとうございました。
結果は不本意でしたが、それ以上に良い経験をすることができたことに今は満足しています。
来年も是非参加したいと思います。

またチームA下関ではメンバーを募集します。
特に元気な女性の皆さん、来年に向けて一緒に練習しましょう!
そして下関海響マラソンが日本一の大会になるようにみんなで盛り上げていきたいと思います。

スタート前

スタート前


ゴール後

ゴール後

前列右から2番目は波田陽区さん。
今回チームAのメンバーとして初マラソン完走。
間寛平さんからもらったというニューバランスのシューズと真紀ちゃん特製の名前の入ったタスキが光ってました~・・・。

この記事、終わり。

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プロフィール

安倍 昭恵

安倍 昭恵

元総理大臣「安倍晋三」の妻。1987年、職場の上司の紹介で安倍晋太郎元外相(故人)の秘書を務めていた安倍晋三と結婚。

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