安倍昭恵のスマイルトーク

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2009年12月31日(木曜日) 15時58分

今年もお世話になりました

あっという間に2009年も幕を閉じようとしています。
今年は総選挙があり自民党が政権を失うという歴史的な年でもありましたが、私個人としてもフルマラソンに2回出場するなど、思い出深い年でした。
お世話になった皆様に心より感謝申し上げます。
どうぞ良いお年をお迎え下さい。

この記事、終わり。

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2009年12月24日(木曜日) 10時17分

逆説の十か条

逆説の十か条 ケント・M・キー 大内 博 訳

一) 人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。
それでもなお、人を愛しなさい。

二) 何か良いことをすれば、
隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。
それでもなお、良いことをしなさい。

三) 成功すれば、うその友だちと本物の敵を得ることになる。
それでもなお、成功しなさい。

四) 今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。
それでもなお、良いことをしなさい。

五) 正直で素直なあり方はあなたを無防備にするだろう。
それでもなお、正直で素直なあなたでいなさい。

六) 最大の考えをもった最も大きな男女は、
最小の心をもった最も小さな男女によって撃ち落されるかもしれない。
それでもなお、大きな考えをもちなさい。

七) 人は弱者をひいきにはするが、勝者の後にしかついていけない。
それでもなお、弱者のために戦いなさい。

八) 何年もかけて築いたものが一夜にして崩れ去るかもしれない。
それでもなお、築きあげなさい。

九) 人が本当に助けを必要としていても
実際に助けの手を差し伸べると攻撃されるかもしれない。
それでもなお、人を助けなさい。

十) 世界のために最善をつくしても、
その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。
それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。


これは主人が総理在任時代に、何かともがいている私にある人がメールで送ってくれたものです。
私はプリントアウトして机の上に置き、いつも眺めていました。
送って下さったのは当時広島少年院首席専門官だった向井義氏。
現在は特別公務員暴行陵虐の罪に問われ公判中です。
私は何度か向井氏にお会いしましたが、その真面目さ、勉強熱心さ、何より少年達のことを真剣に考え、常に良い方法を模索し努力する姿勢に感心していました。
そして実際に少年院で少年達に会ってみると、本当にこの子達が重罪を犯したのだろうかという素直な眼差しとしっかりとした物言い・・・職員の方達との信頼関係に心打たれました。
事実がどうであったのか私は全くわかりませんが、向井さんの少年達を心から更生させたいという思いを今も信じています。
本当の正義はどこにあるのか・・・私達はきちんと見極める目を持たなくてはなりません。

この記事、終わり。

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2009年12月23日(水曜日) 08時20分

結婚30周年の会

結婚30周年をお祝いする会になぜかまだ22年の私達も呼んで頂きました。
会場は麻布十番のイルマンジャーレ
美味しいイタリアンを頂きながら楽しい会話が弾みました。
それぞれが持ち寄った結婚当時の写真がスクリーンに映し出されると、若かりし頃の姿に歓声が上がります。
妻は22~23歳、夫は7~8歳年上というのがほとんど。
因みに私は24歳、主人は32歳の時、結婚しました。
はるか昔のような気がします。

30年たっても妻達は益々美しく!!

30年たっても妻達は益々美しく!!


イルマンジャ-レのスタッフの皆さんと 真ん中がオーナーシェフの鵜野さん

イルマンジャ-レのスタッフの皆さんと 真ん中がオーナーシェフの鵜野さん


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2009年12月22日(火曜日) 09時15分

タイにて

先日主人遠藤利明先生、山谷えり子先生と共にタイのチェンマイから車で4時間もかかる奥地に建てた学校の開校式に行きました。
その後、チェンマイ近くにある「タイ・ビルマ方面戦病歿者追悼之碑」を訪れ、先の大戦にて亡くなられた1万8千もの英霊に感謝の祈りを捧げました。
この追悼の碑は慧燈財団の遺骨収集活動により平成5年に建立。
私は昨年タイに行った際、慧燈財団の小西さんからお話を伺い是非一度お参りしたいと思っていましたが、今回主人が図らずも伺うことができたことは本当に良かったと思います。
以下小西さんからのメールの一部です。
「先生が篤くお参りしてくださったお陰で、追悼之碑の下に眠っている1万8千の英霊達もさぞかし喜んだことでしょう。
今年4月に下関に行った時に功山寺でお線香を買って以来、お参りするたびにこの追悼之碑に献じてきたのですが、先生でちょうど最後の3本でした。先生はそれを山谷先生と遠藤先生と1本づつお分けになり、英霊に捧げてくださいました。」
感無量の様子が伝わってきます・・・。

私達はこうした方達の犠牲があって今の平和で幸せな暮らしがあることを決して忘れてはならないのです。
機会があれば私も是非お参りに行きたいと思います。


主人の左が遠藤先生、右が山谷先生

主人の左が遠藤先生、右が山谷先生

日本語を勉強しているタイの中学生も一緒に

日本語を勉強しているタイの中学生も一緒に

大梵鐘鐘楼をつきます

大梵鐘鐘楼をつきます

小西さん一家と 

小西さん一家と 


この記事、終わり。

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2009年12月20日(日曜日) 08時16分

婦人部の皆さんと

選挙の時には主人や私を連れて、一軒一軒暑い中一緒にまわって頂いたり、ポスターを持ってお願いして歩いて頂いたり、大変お世話になった婦人部の皆さん。
久しぶりにゆっくり食事をしながらお話をすると
「自民党が頑張らんといけん!」
力強いお励ましに元気が出ました。

左から伊藤さん、江木さん、私、山下さん、壇さんと新しくできたゆめタウンの中のイタリアンで食事

左から伊藤さん、江木さん、私、山下さん、壇さんと新しくできたゆめタウンの中のイタリアンで食事

左手前から椎原さん、私、花柳佳寿広先生、後左から竹中さん、松田さん

左手前から椎原さん、私、花柳佳寿広先生、後左から竹中さん、松田さん


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プロフィール

安倍 昭恵

安倍 昭恵

元総理大臣「安倍晋三」の妻。1987年、職場の上司の紹介で安倍晋太郎元外相(故人)の秘書を務めていた安倍晋三と結婚。

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